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今月のコラム 樋爪誠(2011年3、4月)  「奪取条約」

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樋爪誠(専門分野:国際私法)

 今月のキーワードは、「奪取条約」です。とくにここ2年ほど、新聞紙上で盛んに報道されているので、耳にされることもあったのではないかと思います。正式名称の日本語訳は、「国際的な子の奪取の民事面に関する条約」といい、オランダに本部のあるハーグ国際私法会議というところが1980年に作成した条約です。ゆえに、しばしば「ハーグ条約」などともいわれますが、ハーグ国際私法会議の策定した条約は第二次世界大戦後だけでもこの他に38ありますので、専門家の間では、専ら「奪取条約」といわれています。今年の1月の時点で84カ国が参加しており、民事法系の条約としてはかなり成功しています。今、この条約に日本も加盟を検討しているのですが、色々と議論を呼んでいます。
 この条約は、たとえば、国際結婚の家庭において、子の世話をめぐり親同士が争っているときに、一方の親が子を自分の出身地国に連れ去り(これを「奪取」といっています)、他方の親に会えないような状況を作り出した場合、元の場所にその子を連れ戻すために国際協力をするという点に特徴があります。あくまで、親の子に対する民事上の権利関係のために、子を元いた場所に戻すというのが目的で、条約にもわざわざ「民事面(civilaspects)」という言葉が用いられていますし、誘拐(kid-napping)ではなく、日本では耳なれない「奪取(abduction)」という用語を用いて、刑事条約でないことを示しています。
 条約の対象とするこの現象は、日本国内でも長らく「離婚の際の親権者指定」として論じられてきた法律学の難題の一つとされてきたものに他なりません。親権法の判断が一定出たとしても、それを(強制的に)履行するにはとりわけ子の福祉の観点から大きな問題が存在しました。この間、監護権と親権、共同親権あるいは面接交渉と種々の理論的取り組みもなされてきましたが、展望が見えないままでした。そこに、これを解決する国際条約の登場となると、専門家の関心が高なるのも無理はありません。とくに、この条約は、法律上の権利関係ではなく、「返還の実施」という国内法上も最も難しいと思われている点に注力している点で、ある意味、目から鱗の落ちるような発想の大胆さがありました。
 日本から来たとりわけ女性が、自国の男性の元から子を連れ去って日本に帰ることが多いにもかかわらず、日本が一向に奪取条約へ参加しないことに対して、米国、フランス、カナダなどが外交レベルでかなり強い不快感を伝えてきているため、日本政府も、外務省に担当部局を作り、また、積極的にアンケートを実施するなどして、参加する方向性はほぼ固まっているようです。ただ、よくよく考えてみると、国内で解決できなかった問題がなぜ条約なら、すわ解決できているのかという基本的な部分の理解が、少なくとも、日本ではまだ共有できていないゆえにか、ここへきて反対論も根強いです。
 私は、細々とですが、この条約の本質論を研究しています。詳しくはそちらをご覧いただければと思いますが、現時点で最も重要なのは、いかなる国内法を整備するかだと思います。条約遵守義務は義務としてもちろん重要ですが、国内法(あるいは国内の法感情)にきれいにはめ込むことも同じく重要です。そういう意味では、日本国政府には、国内実施法の議論を促進し得る素材を、この問題に関心のある人たちに提供することが期待されます。

樋爪誠(専門分野:国際私法)

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