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今月のコラム 山田泰弘(2011年7月)  固定観念の形成と打破;
資本金額は会社の規模を示すか

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山田泰弘(専門 商法・会社法)

 「事業規模の大きな株式会社は、資本金額が多い」。日本においてこの命題は正しいか。学生に問えば、「正しい」と答える者が多かろう。なぜなら、たとえば、会社法は、資本金が5億円以上の株式会社を「大会社」(会社法2条6号イ)として規制強化を行い、事業規模に応じて課税される、法人事業税、法人道府県民税は、その事業規模の指標を資本金額(1億円以上)に求めるからである。
 「会社の事業規模は会社の資本金額と比例関係にある」との観念は、実は、会社法規制に育まれてきた。資本金は、原則として、株主(会社の出資者)が今までに会社に払い込んだ金額の総合計額とされる(会社法445条1項)。資本金額が多ければ、会社が「元手」として必要とした資金量が大きいことを示す。さらに、近代会社制度上重要な規範として存在した「資本3原則」によりこの観念は強固なものとなった。「資本3原則」の中身を、単純化してお話しすれば、資本金額は会社の基本構造を示す定款に記載され(確定の原則)、定款に記載された金額に見合う財産的価値が実際に会社に払い込まれ、それに見合う財産を会社は保有しなければならず(充実・維持の原則)、資本金額を原則として変更してはならない(不変の原則)という規範である。「資本3原則」を遵守することは、株式会社という本来存在しない抽象的で擬制的な権利主体を(準則主義のもとで)存続させるための制度的条件と理解されていた。なぜなら、株式会社の債権者は会社財産のみを引き当てとしなければならず、「資本3原則」は会社財産が一定程度存在することを保障する概念として理解されていたからである。さらに、発行する株式の数と資本金の額が連動する規制(いわゆる純資産額規制)が存在したことから、株式の流動性確保の観点からは、容易に資本金を減少できない法状況が形成された。「会社の事業規模は会社の資本金額と比例関係にある」ことは、人々の間に固定観念として定着し、「資本金」の額は会社債権者保護の最後の砦として理解され、容易に取り崩せず、会社が落城寸前のところで初めて、その減少を検討する性質のものと理解された。
 しかしながら、2001年6月の商法改正で、資本金と発行済株式総数との連動は切断され、2006年から新たに施行された会社法は「資本3原則」との完全なる決別を宣言した。IT企業の進展は、会社が現実に資産を保有しなくとも大規模な事業展開を行うことを可能とし、そもそも「資本3原則」という規範が会社や株主(出資者)の行動抑制となる程度に比して債権者保護としての効果が十分存在しないと判断されたからである。かくして、資本金は、単に株主への分配金額の阻止数としてのみ機能することとなり、資本金の額が必ずしも事業規模や株主数の多さを示す指標ではなくなった。会社法が「大会社」の基準を資本金額の量に求めたのは、ほかにふさわしい基準を提示できなかったからに過ぎない。このため、「事業規模の大きな株式会社は、資本金額が多い」との命題は会社法規制からは真ではない。
 この会社法規制の変化に機敏に反応したのは外資企業である。エクソンモービルの日本法人は、2005年11月に資本金を500億円から1億円未満に減少させる方針を発表した(日本経済新聞2005年11月15日夕刊3面)。これは、先ほどの法人道府県民税などの外形標準課税を逃れる意図を持っていたとされる。しかし、この方針は撤回される。新聞報道では、監督官庁や地方税を徴収する東京都の圧力は「なかった」が、系列販売店や取引先から、極端な減資は日本市場からの撤退のイメージを与えかねないなどの批判があったことが理由とされる(日本経済新聞2005年12月8日 朝刊  11面)。「会社の事業規模は会社の資本金額と比例関係にある」との固定観念は、会社法規制が作り上げたものだが、会社法規制の変化は固定観念を変化させるまでには至らなかった。
 もっとも、会社法規制の変更からの時が経過した現在、固定観念を打ち破る実務の動きが見られるようになった。2007年には、りそなホールディングスにおける公的資金返却のスキームにおいて、資本金を増やさず、その他資本剰余金を増加させる新株発行を実行した1。2011年には、三菱UFJフィナンシャル・グループも、傘下のニコスに対し1000億円の出資を行うが、過払い金請求に対応した引当金の増額をおこなうために、ニコスは同額の減資を行った(日本経済新聞2011年2月23日朝刊1面)。「備長扇屋」ブランドでの焼鳥屋のフランチャイズ事業を行う、株式会社ヴィア・ホールディングスも、柔軟な資金政策を可能とするため、新株発行と同時に減資手続を実行した2。従来の固定観念からみれば、新株発行をしつつ減資を行うのは、追い込まれた会社が実行するものであり3、ネガティブな評価を伴うと思われていただけに、純粋に企業の財務政策の柔軟性を持ち、攻めの経営をするための原資確保の目的から減資を行うことには、固定観念にとらわれず、制度を冷徹に分析する新しい感性(感覚の変化)の成果といえる。
 減資を巡る実務の変化は、いったん形成された固定観念の打破が難しいことを物語るとともに、固定観念を基礎とする規律(外形標準課税の基準や「大会社」基準)はそれを形成させた要因が消滅した時には、規律としてワークしない可能性をも示す。規制・制度を基礎づける事実がどのような性質を持つか絶えず検証することが重要であろう。

[1]
http://www.resona-gr.co.jp/holdings/news/newsrelease/pdf/190720_2a.pdf
http://www.resona-gr.co.jp/holdings/news/newsrelease/pdf/230127_1a.pdf
[2]
http://www.via-hd.co.jp/via/news/pdf/20110527.pdf
[3]
このような感覚が現時点で残存していることは、否定しない。日本の企業にあっては、ある期に純損失が計上されても、それを累積させる(将来の業績回復で帳消しとすることを期待する)方針が採用され、会社が追い込まれて初めて減資を検討することが多い。近時の例では、たとえば、産業活力再生特別措置法に基づく産業再生計画を実施していた沖電気株式会社が、資本金・準備金773億円を取り崩し、635億円あった累積損失を解消した事例が挙げられよう(日経産業新聞2010年12月22日 4面) 。

山田泰弘(専門 商法・会社法)

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