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今月のコラム 大垣尚司(2011年9月)  震災復興と金融・法技術

金融技術と法技術の研究

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大垣尚司(専門分野:金融と法)

 わたしの専門は金融技術と法技術だということにしている。「技術」とは、ここでは「実質論」と対比した言葉ととらえてもらえばよい。学者や政治家がどんなに素晴らしい理論や構想を述べても、それを実現するやり方がまずいと思ったほどの効果を上げ得ない。逆にいえば、実質を語る能力が皆無でもうまい「仕組み」や「技術」を考えつく能力があれば「改善」を図ることが可能となる。こういうことを主として金融のからむ部分でミクロに考えようというのがわたし流の「技術」の研究である。

リスクを変えずにコストを下げる方法

 たとえば、福島第一原発の賠償問題を適切に処理する上で最も重要なことが賠償原資の確保であることは言うまでもない。そのためになすべきことはいろいろあるが、わたしが最も重要と思うことは、大手優良企業の中ではきわめて有利子負債比率が高い電力会社の資金コストを上げないために万全の策を講ずることである。東京電力の有利子負債の額は約9兆円(2011年3月)だから、調達コストが1%上昇するだけで、経営者の努力に一切関係なく年間900億円の追加費用がかかる。それだけの賠償原資が消えるわけだが、900億円規模のリストラを断行することの困難さを想像すればこれがどれだけのインパクトの話かが分かると思う。実は、現実はもっと深刻である。執筆時点で、東京電力のCDSインデックス(調達コストとして無リスク金利に上乗せせねばならない信用リスクプレミアム)の水準は依然として同じ格付けを有する会社のそれを4~5%以上高い状態で推移している。このことは、市場が東京電力に対し、格付機関や金融機関が妥当と思う水準より4~5%以上高いプレミアムを要求していることを意味する。このプレミアムはどうみても実際の信用リスクに見合ったものではなく「これからどうなるか分からない」という不確実性(情報の非対称性)に対する安全掛け目(エージェンシーコスト)だといえる。すでに国会で承認された新しい原発処理の枠組みではリスクを国が最終的に負担する構造になっているはずなのだが、市場はそこにも不確実なものを読み取っているのだろう。こうした状況下で政府がやるべきことは、東京電力からできる限りの不確実性を取り除いて「本当の危なさに見合った程度の危なさの会社」と評価してもらえるようにすることである(安全にしろと言っているのではない!)。たとえば、9電力から原子力事業を会社分割(会社757条以下。みなさん授業で習ったのを覚えてますか?)して既存もしくは新設の原子力事業会社に統合し、東電を含む9電力から今最も「不確実」な事業を分離してはどうか。実際の運営は事業賃貸や委託でこれまで通り各会社がやればよいが、これを形態上分離してしまい、このファイナンスを各社と新しい原発スキームで支援する。別段、使用前・使用後で全体のリスク量が変化するわけではない。しかし結果的には、改組後の東電のCDSインデックスとリスクの塊ともいえる原発事業会社のそれとの和は、現在の東電のそれをはるかに下回るものとなるはずである。政治家やマスコミは実質を語るのが仕事だから、こういう「小手先」の問題は本来役人やブレーンの仕事なのだが、このところ少し技術軽視(というか敵視)の風潮があるように思うのはわたしだけだろうか。

次の震災に向けた金融技術

 ただ、そうはいっても、起こってしまった震災からの復興に技術の果たせる役割は大変わずかである。それより、次の震災で二の轍を踏まないことにこそ技術を使わねばなるまい。そこで、大学からも多少の研究支援を頂戴して、住宅ローンに関する二重ローン問題を回避するために、住宅ローンの借り手が激甚災害によって住宅が損傷した場合、建物部分にみあった住宅ローンの残高を債務免除する特約(災害免除特約)を付し、そこから生ずるリスクをファイナイト再保険とリスク証券化という特殊な技術を用いて、政府予算を使うことなく比較的低コストの受益者負担でカバーする手法の開発を行うことにした。ちなみにここでいう「技術」とは8割が法的枠組みの構築、2割がリスク料の試算にかかるものである(後者に特段新しいものはない)。今度こそ、震災で家が壊れたらローンもいっしょに無くなるということが起こるよう、基盤研究だけは早めに済ませておきたいと思っている。

「文科系」の技術

 率直なところ、わが大学を含めてこうした「文科系」が担う技術への理解は希薄である。まあ、これまで大した成果があるわけではないから仕方ないが、リーマンショックを思い起こせば分かるように、「文科系」が担う技術はその歴史が未熟なこともあって、扱いを間違うと社会に大きな災禍をもたらす。社会を動かす枠組みやお金を回す枠組みにもそれなりに高度な、しかして、理科系の方々や一般人が考えるものとはかなり異なった技術の体系があるのだということを、細々ながら訴えつつ、残されたわずかの時間を金融技術と法技術の研究に尽くそうと思っている次第である。

大垣尚司(専門分野:金融と法)

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