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今月のコラム 斎藤浩(2011年11月)  弁護士として、大学人として

2011年3月11日以前

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斎藤 浩(専門分野:公法、行政法)

 阪神淡路大震災では、東灘区魚崎の妻の実家が倒壊し、義父が圧死した。私の生涯で初めての近親者災害死と阪神間の惨事は私を突き動かした。私発行のタウン誌「おおさかの街」の編集スタッフや執筆陣に呼びかけ、「ワンパック専門家巡回相談隊」を組織し、同年1月下旬から3月いっぱいの全土曜日、神戸市と阪神間の主要な避難所をまわり、その後は灘区の神若仮設住宅に焦点をあてて支援活動をした。相談隊は、弁護士、公認会計士、税理士、建築士、都市計画コンサル、医師、鍼灸師、保険会社員、教師、自治体職員が、大きな横断幕を掲げ、一人一人がゼッケンをつけ、避難所から避難所へ歩きながら「何でもご相談を!」と呼びかけた。立ったままの相談も数多く受けた。新聞でも毎週取り上げられ、避難所で待ち受ける方々が多くおられた。

 次に私は各方面と協議し、翌1996年9月、「阪神・淡路まちづくり支援機構」を発足させた。組織会員として(当時の名称で)、大阪弁護士会、神戸弁護士会、近畿税理士会、土地家屋調査士会近畿ブロック協議会、社団法人日本不動産鑑定協会近畿会、社団法人日本建築家協会近畿支部、近畿建築士会、建築士事務所協会近畿ブロック協議会、近畿司法書士会連合会、個人会員として東西の学者、コンサル、協力団体として建築学会近畿支部、土地住宅学会関西支部が組織された。いわゆる士業と学者・研究者とが協力する公的救援組織が誕生した。その後、各地の大災害の調査などをおこない、各地に同種組織をつくるために努力し、静岡、東京、神奈川、宮城、広島には結成された。東日本大震災直前には、同機構の付属研究会として、2005年のハリケーンカトリーナの被災残存状況を視察に行き、また南海・東南海対策の研究に取りかかろうとしていた。

2011年3月11日以後

 東日本大震災が起きた。機構はすべての予定を変更して、まず4月末から5月のゴールデンウイークに、岩手、宮城、福島の三県に「ワンパック専門家相談隊」を出した。今回は被曝医療の小野公二京都大原子炉実験所教授、原子物理学の水野義之京都女子大教授に参加していただいた。36名が、やはり横断幕を用意し、ゼッケンをつけレンタカーで北上した。相談会は岩手県釜石市、陸前高田市、宮城県仙台市、福島県福島市、いわき市の五ケ所でおこない、被災者と地元市長、議会議長などとの懇談もおこない、地元マスメディア、ミニコミで連日大きく取り上げられた。

 機構は、8月2日〜4日、再び東北3県を訪れ、支援活動、協議活動をおこなった。9月から原発事故対応のシンポジウム、これから東北の地で大規模に展開されるであろう震災特区、土地利用のワンストップ処理などの研究を続けている。私としても行政法の非常に重要なテーマだと思っている。

 機構は構成員の資金に頼った完全ボランティアだが、関西広域連合との協力も始まるのを契機に、専門家相談活動体制を、公的資金を投入してかなり大規模に組織しておく必要があると思う。専門家相談で集めた情報から今の制度では解決できないものを吸い上げ、新しい施策、制度を作って行くことが必要である。

 付属研究会の代表は、理科系が塩崎賢明神大教授、文科系が私である。前代表は高見澤邦郎教授、安本典夫教授であった。立命の法科大学院で私が教えた修習生・合格者をどんどん活動に誘って参加してもらっている。救援活動の状況と研究会の成果は「立命館法学」などに定期的に報告したいと考える。

 

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