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今月のコラム 清水円香(2012年6月)  日本における多重代表訴訟制度導入の議論とフランス法

清水 円香 (商法・会社法)

1 はじめに

column201206.JPGのサムネール画像 2010年4月より、法制審議会会社法制部会において、会社法制の見直しのための議論が進められています。2011年12月には、パブリック・コメント手続の基礎となる「会社法制の見直しに関する中間試案」が公表されました。そこでは、企業統治のあり方に関する規律の見直し、および、親子会社に関する規律の創設が中心的な課題とされ、後者の一つとして、多重代表訴訟の導入が提案されています。これは、米国で判例上認められている多重代表訴訟(double derivative action)に着想を得たものであり、加えて、フランスでも判例上多重代表訴訟が認められていることが、制度創設の提案を支える基礎の一つとなっているようです。

 ところが、わが国において、フランスの多重代表訴訟制度を調査した研究はほとんどありません。わずかに、筆者が行った、フランスの文献を基にした同国の議論状況の簡潔な紹介があるのみです。つまり、フランスでの議論について、十分な調査・研究がないままに、わが国での議論の基礎とされてしまっているわけです。そこで、筆者は次の形で研究を進めることとしました。すなわち、第一に、多重代表訴訟を認めたとされるフランスの最高裁判決を、フランスの研究者の評価から離れて分析し、第二に、フランスで多重代表訴訟制度につき実地調査(これは、21世紀政策研究所の研究プロジェクトの一環として行ったものです)を行うことです。

 以下では、多重代表訴訟とはどのようなものであるか、なぜ多重代表訴訟制度の必要性が主張されるのかを説明したうえで、日本法が参照しようとしているフランス法において、多重代表訴訟につきどのような議論がなされているか、筆者の研究の結果を紹介することとしたいと思います。

 

2 多重代表訴訟制度の概要

 日本には、株主代表訴訟と呼ばれる制度があります(会社法847条)。これは、取締役が会社に損害を与える行為をなした場合、会社が取締役を不当に庇い、責任追及を怠るおそれがあるため、株主が会社に代わって取締役の責任を追及する訴訟を提起することを認めた制度です。これは、株主が自社の取締役の対会社責任を追及するための制度であり、この制度によって、株主が子会社取締役の対会社責任を追及することはできません。

 新たに導入が提案されている多重代表訴訟制度は、子会社の取締役が子会社に損害を与える行為をなした場合に、子会社やその株主である親会社に代わって、親会社の株主が当該取締役の子会社に対する責任を追及する訴訟を提起することを認める制度です。

 

3 親会社株主保護の必要性

 このような多重代表訴訟制度は、親会社株主を保護する手段の一つとして、その導入が提案されています。親会社株主の保護が必要とされる理由は次のとおりです。

 子会社の事業活動は、親会社の株式価値等に大きな影響を及ぼします。特に親会社が生産・販売等の事業活動を自らは行わず、子会社の管理のみを目的とする純粋持株会社である場合、親会社株主の出資が危険に曝されるのは、実質的・経済的には子会社の事業活動においてであり、親会社株主に配当される利益の源泉となるのも子会社の事業活動となります。それにもかかわらず、現行法の下で親会社の株主は、子会社の事業活動をほとんどコントロールすることができない状態に置かれます。現行法の下で株主に与えられる監督是正権や意思決定に関与する権利は、その者が株主となっている会社を対象とするものであるからです。ある事業を、事業部制により会社内部で行う場合には、株主は、当該事業を直接コントロールする権利を有することと比較すると、ある事業を子会社形態で行った場合には、親会社株主の株主権は実質的に縮減されてしまっていると理解することができます。この縮減される株主権には、その危険の原因および利益の源泉となる事業を遂行する取締役の責任を追及する権利が含まれます。前述のように、親会社株主は、子会社取締役の責任を追及する代表訴訟を提起することができないからです。

 日本には、米国法は、多重代表訴訟を認めることで、この問題に対処してきたとの研究の集積があり、これを参考に、日本において、多重代表訴訟制度の創設が提案されています。また、前述のように、フランスでも多重代表訴訟が認められていることを前提に、議論が進められています。

 

4 フランス法における議論

(1)判例の再検討と実地調査における専門家の認識

 フランス法は、わが国の株主代表訴訟制度に類似した制度を有します(フランス商法L225-252条。会社訴権の個別的行使制度(action ut singuli))。そこでは、株主が会社の訴権を行使することを、「会社訴権を個別的に(ut singuli)行使する」と言います。これに対して、フランス法は、多重代表訴訟制度を定める明文規定は持ちません。ただし、親会社株主が、付帯私訴(ある者の行為が、刑事上、犯罪を構成すると同時に、被害者に対する損害賠償責任も発生させるという場合に、被害者が、公訴に付帯させて、民事上の損害賠償請求訴訟を提起する制度(フランス刑事訴訟法3条))の形で、子会社の財産を濫用した会社財産濫用罪の被告人に対し損害賠償を請求した事例があり、そのような事例について、親会社株主による付帯私訴申立てが受理される場合がありうることを示す三つの最高裁判決(①1996年2月6日破毀院刑事部判決、②2000年12月13日破毀院刑事部判決、③2001年4月4日破毀院刑事部判決)が存在します。いくつかの学者の論文は、これを、米国の多重代表訴訟に相当するものを認めたものと評価し、筆者が調査した限りでは、このような見方に反対するフランスの文献はみられません。したがって、文献のみの調査に基づき、かつ、そこに書かれたフランスの研究者の理解に従うと、フランスには多重代表訴訟を認めた判例が存在すると理解すべきことになります。しかし、これらの判決を、フランスの研究者の理解から離れて分析してみると、いずれも、日本で議論されているような多重代表訴訟を認めたものとはいえないとの理解に至りました。

 まず、前記①判決で明らかにされたのは、子会社取締役の犯罪行為から生じた損害の回復を求める親会社株主の付帯私訴の申立てが、予審段階で、申立人が被害者の親会社の株主であるということのみをもって直ちに排除されないということです。親会社株主の申立てが予審で受理された場合に、判決裁判機関において、親会社株主の請求がどのように取り扱われるのか、①判決からは明らかではありません。さらに、①事件において、原告は、子会社取締役の違法行為によって、自らが損害を被ったことを申立ての根拠としています。したがって、①事件は、自己が被った損害の回復を目的とする訴訟であり、子会社の損害の回復が求められた事例ではないと理解することができます。

 次に前記②判決も、次の点から、親会社株主による子会社取締役の対会社責任の追及を認めたものとはいえないと考えます。第一に、②事件の被告は、原告が株主となっている会社の業務執行者であり、この事件は、株主が自社の取締役の責任を追及した事例と整理することができます。第二に、②事件において原告がその賠償を求めたのは、原告が株主となっている会社の損害であり、②判決は、賠償されるべき会社の損害に、その完全子会社が損害を被ることで親会社に生ずる損失を含めたものです。

 さらに、③判決も、次の点を考慮すると、少なくとも、多重代表訴訟を認めた「実例」とはいえません。第一に、③判決は、親会社株主が、子会社の財産を濫用した者に対する損害賠償請求のため、付帯私訴の申立てをなす手段として、自己の間接損害を主張する以外に、「会社訴権を個別的に(ut singuli)行使することが可能である」旨を述べます。ここでいう「会社訴権を個別的に行使する」の意味は明らかではありません。子会社取締役の責任を追及する子会社の訴権を、子会社株主=親会社は個別的に行使することができ、そのような親会社の権利を、親会社株主がさらに個別的に行使することができるという意味に理解することも不可能ではありません。このような解釈を採るとすれば、③判決は、多重代表訴訟に類似したものを認めていると理解する余地がありそうです。ただ、この事件では、結局は、親会社の株主の付帯私訴申立ては、不受理(日本法の却下に相当)とされています。このため、仮に③判決の表現を前述のように理解したとしても、③判決は多重代表訴訟を認めた判例とは言えないことになります。

 以上の検討から、文献に表れたフランスの研究者の評価とは異なり、フランスには多重代表訴訟が認められた例はないとの理解が可能であることが明らかとなりました。そこで、実地調査において、多重代表訴訟の例があるか否かにつき専門家に意見を求めたところ、裁判官、弁護士、研究者、いずれからも、これまでに多重代表訴訟が存在したことはないと認識しているとの回答がありました。

 

(2)将来の展望

 多重代表訴訟を認めた判例はないとしても、フランスにおいて、将来的に多重代表訴訟制度を導入すべきとの声が大きいのであれば、そのことは、日本法における議論にも大きな影響を及ぼし得ます。実地調査における法曹界の見解としては、子会社に損害が生じ、親会社にも損害が発生した場合に、親会社取締役が子会社取締役の責任追及をしないときには、裁判所は親会社以外の者による提訴を認めるのではないかと個人的には考えると述べる者があるものの、多重代表訴訟につき経済界・法曹界ではほとんど議論がなく、法制化の予定もないとの見方が有力であるようでした。面会をした研究者は、子会社取締役に過失があれば、親会社取締役がその責任を追及すべきであり、それを怠る場合には、株主は、適切な監督をしていないことを理由に親会社取締役を提訴すればよく、その方がむしろ簡便であるので、あえて多重代表訴訟制度を設ける必要はないとの意見を述べていました。

これに対して、学説では、子会社取締役の行為により子会社に損害が生じた場合、親会社取締役が親会社の訴権を行使して、子会社取締役の責任追及をすることを怠るおそれがあるため、米国の制度を参照し、多重代表訴訟を導入することを提唱する著名な商法学者の論文が存在します。この論文は、他の複数の文献において、賛否を明示せずに引用されていることから、重要な論文と認識されていることがうかがえます。しかし、この学説は、米国の多重代表訴訟を参照してフランス法への導入を提案するものであるところ、米国では、多重代表訴訟は、多くの場合、取締役の責任を発生させる行為後にM&Aが実施され、元の株主が親会社の株主となり、会社の事業を直接コントロールできなくなってしまった場合を解決するものとして機能しているとの指摘もなされています。前記論文は、少なくとも明示的にはこのことには触れていません。上述の米国の実態を重視するのであれば、前記論文がかかる実態を意識せずに議論している可能性があることにも注意が必要でしょう。

 

5 おわりに

 以上から、フランスには多重代表訴訟が認められた例はないと理解するのが自然であるように思います。また、実地調査における議論の様子からは、多重代表訴訟の将来的な導入の可能性も低いと考えられます。文献には、導入を提案する見解が見られますが、その見解が参照する米国法では、多重代表訴訟は、同論文が想定するような機能は果たしていない可能性があることに注意が必要です。

このように、フランスの研究者の理解から離れた分析と実地調査により明らかとなったフランスの議論状況は、多重代表訴訟の日本法への導入を支える根拠とはなりにくいように思います。

なお、フランス法が多重代表訴訟制度を有せず、将来的な導入も予定していないとすると、同国が、前述の親会社株主保護の問題にどのように対処しているのかが問題となります。この点について、フランス法は、主に、親会社株主の子会社情報の収集手段を充実させることによる対処をなしています。親会社株主が子会社情報の取得手段を有することで、親会社による子会社管理の状況を把握することができ、子会社に損害が生じ、それを通じて親会社に損害が生じた場合、親会社株主は、親会社の取締役に対し、子会社の管理が適正でなかったことを理由に、その責任を追及することが可能となります。これにより、親会社株主は、親会社取締役を通じて、いわば間接的に、子会社の事業活動をコントロールする手段を得ることとなります。

 

(参考文献)

多重代表訴訟制度に関するフランス法の議論につき、清水円香「フランスにおける多重代表訴訟に関する議論の状況」商事法務1964号4-15 頁(2012年)、清水円香「フランスにおける多重代表訴訟に関する議論」21世紀政策研究所『多重代表訴訟についての研究報告―米・仏実地調査を踏まえて―』19-39(2012年)、清水円香「フランスの親会社株主保護」森本滋編『企業結合法の総合的研究』313-331頁(商事法務、2009年)、米国法における議論を紹介する最新の文献として、山田純子「アメリカの株主代表訴訟・多重代表訴訟」21世紀政策研究所『多重代表訴訟についての研究報告―米・仏実地調査を踏まえて―』7-17頁(2012年)。

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