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今月のコラム 中山布紗(2012年7月)  民法94条2項類推適用法理と民法(債権関係)改正をめぐる議論の状況

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中山布紗(専門分野:民法)

1.民法94条2項類推適用法理―判例の変遷

 民法94条2項類推適用法理は、不動産登記に公信力が認められない我が国において、不動産名義を有してはいるものの当該不動産について何ら権利を持たない者から不動産を取得した善意の第三者を保護する解釈技術です。この法理は、最二判昭和29・8・20民集8巻8号1505頁を皮切りに、判例の展開によって構築されてきました。現在のところ、本法理の適用場面としては、①真正権利者と虚偽の外観の名義人との間に虚偽の意思表示はなされなかったが、真正権利者の事前の承認あるいは積極的な行為によって虚偽の外観が作出された場合(外形自己作出型)、②他人によって虚偽の外観が作出されたが、後に真正権利者がこれを承認した場合(外形他人作出型)、③真正権利者の意思に基づきいったん虚偽の第一外形が作出されたが、その後、第一外形を超える虚偽の外観が真正権利者不知の間に他人により作出されてしまった場合(意思外形非対応型)があります。①②は、意思外形対応型と分類され、民法94条2項単独の類推適用によって善意の第三者が保護される場面です(以下「単独類推型」と呼びます)。これに対し、③は民法94条2項と同110条の法意によって善意無過失の第三者が保護される場面で(以下「重畳類推型」と呼びます。①②③の類型の共通点としては、不動産の真正権利者に、他人名義の登記が作出されたことに対して意思責任が問われる場合に、民法94条2項が類推適用されるということです。

 判例の変遷において、民法94条2項類推適用法理は、民法94条本来の趣旨から離れて、要件拡大の一途をたどりました。とりわけ、昭和40年から50年にかけて、民法94条2項の類推適用を認めた判例が数多く出されるに至り、本法理に関する研究が、民法94条本来の趣旨との関係から、あるいは、類推適用という方法論的観点から数多く発表されました。学説は百花繚乱となりましたが、主として、適用要件が徐々に拡大の一途をたどっている判例の展開に危機感をあらわすとともに本法理の適用が許される限界を画しようとするものでした。

 ともあれ、判例の変遷に一段落ついた昭和50年以降、民法94条2項類推適用法理に対する学説の共通認識は、本法理適用の前提として、不動産の権利に関する虚偽の外観が作出されたことに真正権利者本人の意思的関与が存在すること、すなわち意思責任を問うことができることが最低限必要とされるということで落ち着いたように思います。この認識を基礎として、その後の学説は、民法94条2項の類推適用が認められた判例が出されるたび、単独類推型にせよ重畳類推型にせよ、真正権利者の権利を劣後においても、なお第三者保護を優先する根拠が妥当であるかどうかという観点から、当該判例の妥当性が検証されてきました。

 しかしながら、重畳類推型においては、比較的早い時期から、上記定義に直接該当しない事案に対しても、民法94条2項と同110条の法意の類推適用を認めていました。まず、真正権利者の意思に基づく第一外形が作出されないまま、他人によって真正権利者の意図しない虚偽の外観が作出されたという場合であっても、真正権利者が上記外観作出者と通謀して、(実際に作出されたものとは異なるが)虚偽の外観を作出することを企んでいたことから真正権利者の意思的関与を認めた最三判昭和47・11・28民集26巻9号1715頁があります。さらに、重畳類推型のもっとも新しい判例である、最一判平成18・2・23民集60巻2号546頁は、他人に促されるままに関係書類や印鑑を数回にわたり手渡したことが原因で、真正権利者がそもそも後に係争目的物となった自己所有の不動産について登記名義を変更するなどの意思を全く持たないという状況であったものの、真正権利者が知らないうちに、また、認識すらないまま虚偽の外観が作出された事案でしたが、最高裁は、真正権利者の「余りにも不注意な行為」に意思責任と同視し得る重い帰責性があると認定し、民法94条2項と同110条の類推適用を認めたのです。

 

2.最近の学説の状況―上記最一判平成18・2・23の登場による類推が認められる根拠の動揺

 最一判平成18・2・23の出現により、真正権利者の帰責性要件の再検討を通じた民法94条2項類推適用法理の捉え直しと今後の方向性が、学説においてしばしば議論の対象となっています。結局のところ、最一判平成18・2・23の出現以前から、民法94条2項類推適用法理においては、虚偽の外形作出につき、どのような事情があれば、真正権利者の意思的関与があったとして帰責性を認定できるかが主要な問題となっており、判例の変遷とともに真正権利者の意思的関与があったとして包摂される事情が拡大されてきたために、その限界が議論されていました。

 最一判平成18・2・23の出現により、これまで、上述のように「意思」が、民法94条2項類推適用の要件が無限定に拡大しないための防波堤として機能していたという学説の共通認識が少なからず崩壊したことは事実でしょう。民法94条2項類推適用法理の意義について、近時の学説は、以下の2つの方向性に大きく分かれています。

 第一に、真正権利者は自己の権利を容易に奪われるべきではなく、第三者保護すなわち真正権利者の失権は、虚偽の外形作出が真正権利者の意思に基づくといえる場合に限るのが、類推という手法を利用する以上、本来意思表示に関する規定である民法94条の趣旨にも合致し、妥当であるとする考え方です。

 第二に、民法94条2項類推適用法理は、従前の判例の初期の変遷段階から、すでに民法94条の本来的な通謀要件を捨て去り、第三者保護を図るための仮託理論として評価されてきたのであり、真正権利者と第三者の保護を適切に調整するためには、真正権利者が失権してもやむを得ないといえるほどの帰責性があるかどうかという実質的判断が重要だとする考え方です。

 第二説に立ちますと、民法94条2項の類推適用が認められる前提として、真正権利者に問われる帰責性は、意思はもとより認識がある場合に限定する必要はないということになります。

 

3.民法(債権関係)の改正をめぐる議論と民法942項類推適用法理

 近時進められている、民法(債権関係)の改正において、現行民法94条に関して、民法94条2項類推適用法理をこれまでの判例の展開をふまえ、条文化するか否かについて、議論がなされています。民法(債権法)改正検討委員会による基本方針によれば、判例法理の条文化はさしあたり行なわず、現行規定を維持する方向が示されていましたが、法制審議会民法(債権関係)部会第10回会議において、これまで判例が多く出ている以上、判例法理を条文化すべきだという声が多く挙がりました(ⅰ)。その後、平成23年4月12日の第26回会議において、「民法(債権関係)の改正に関する中間的な論点整理」が決定され、5月10日に公表、6月1日から8月1日の間にパブリックコメントが受け付けられました。民法94条に関しては、心裡留保・錯誤・詐欺等に関する第三者保護規定との整合性を図る観点から、民法94条2項項の第三者が保護されるための主観的要件を見直す必要がないかどうかについて検討することと併せて、第三者保護規定の配置の在り方、ひいては、民法94条類推適用法理の明文化についても検討すべきではないかという提案がなされたところ(ⅱ)、研究者、実務家をはじめ各方面から賛否両論が出され、今年の5月22日に公表されました(ⅲ)。また、民法94条2項類推適用法理の明文化に関しては、虚偽表示に関しては、平成23年8月30日に開催された法制審議会民法(債権関係)部会第31回会議に至って、京都大学松岡久和教授による「権利外観規定の新設に関する意見」が資料として提供されました。松岡教授は、権利外観法理の核心を「第94条の『通謀』要件を不要とすること、権利の外形の作出が故意による場合とそうでない場合では帰責性の程度に違いがありそれに対応して第三者の保護要件も単に善意で足りるのか善意無過失まで必要とするかと分岐すること(帰責事由と保護事由の衡量)にある」とし、それ以上に細部の類型を規定化することは困難であり適切でないという見解を示されました。その上で、松岡教授は、限定の方向性を示したうえで、具体的には判例・学説による今後の解釈運用に委ねる要件設定の方がのぞましいと結んでいます(ⅳ)。

 

4.若干の検討

 以上、民法94条2項類推適用法理とその現状に関して、真正権利者の帰責性要件の変遷と学説による位置づけという観点から概観してきましたが、混迷を極めた状況です。私としましては、このような状況のまま、現行94条の改正として判例法理を条文化し、民法94条2項の類推適用が認められる要件を固定してしまうことは妥当ではないと考えます。まず、意思表示の準則を規定する場所に、権利外観法理といった性質が異なる準則を移植してよいのかという問題があります。次いで、民法94条2項類推適用法理は、冒頭で述べたように、不動産取引に公信力が認められていない我が国の現状を実質的に修正するものとして機能しています。そのため、この法理の明文規定を設けることは、物権変動に関する第三者保護規定を新設することとなり、物権法秩序に甚大な影響を与えることとなってしまいます。さらに、判例法理は、同じ民法94条2項類推適用といっても、単独類推型と重畳類推型で規範を分けています。各型の事案の中でも、真正権利者の帰責性という観点から、適用要件と根拠は、事件によって微妙に差異があります。裁判所が、事案に応じて法理を細かに使い分けている中にあって、判例法理を条文化することは、真正権利者の帰責性を認定する判断基準を固定化することとなり、安易な第三者保護に傾倒し、民法典の命ともいえる私的自治の原則を没却してしまうことになるのではないでしょうか。

 民法94条2項を類推適用するための基礎となる真正権利者の帰責性要件として、本人の意思責任がある場合に限られないとする上記第二説の考え方は、最一判平成18・2・23の判旨の中で、「帰責性」というそれ自体極めて無限定なマジックワードが明記されたことにも鑑み、危険であると考えます。このような理由から、私は、最一判平成18・2・23のような事案には、虚偽の外観が作出されたことについて、真正権利者の意思責任が求められない以上、民法94条2項類推適用法理の適用が許されないと考えます。しかしながら、このように解したとして、すでに最一判平成18・2・23が登場した以上、今後、類似の事案を、民法94条2項の類推適用を用いるべきではないと言うのであれば、どのような規範を用いて解決を図ればよいかという問題が残されます。

 

 

*本コラムは、最近公表した拙稿「民法94条2項および同110条の重畳類推適用の『限界』を超える事例における真正権利者の帰責根拠―最一判平18・2・23民集60巻2号546頁の位置づけ―」池田恒男=高橋眞編『現代市民法学と民法典』(日本評論社、2012年)233―263頁と、今年度中に刊行予定の論文(校正作業中)の内容から、研究紹介用に手直ししました。

 

<参考ウェブサイト>

(ⅰ)法制審議会民法(債権関係)部会第10回会議議事録(http://www.moj.go.jp/content/000050017.pdf)27-31頁。

 

(ⅱ)「民法(債権関係)の改正に関する中間的な論点整理」

http://www.moj.go.jp/content/000074989.pdf)90頁。

(ⅲ)民法(債権関係)部会資料33-5「民法(債権関係)の改正に関する中間的な論点整理」に対して寄せられた意見の概要(各論4)(http://www.moj.go.jp/content/000084102.pdf)64-70頁。

(ⅳ)松岡久和「権利外観規定の新設に関する意見」

 (http://www.moj.go.jp/content/000078878.PDF )1-2頁。

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