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今月のコラム 植松健一(2012年10月)  現代ドイツの民主主義事情(雑感)

1 はじめに

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植松健一(専門分野:憲法)

 ドイツ語圏の公法学者が組織する「ドイツ国法学者大会」の動向について、ドイツ公法に関心を抱く日本の研究者は――筆者のごときsheinbarですら――常にアンテナを張っている。ドイツ以外を準拠国とする研究者からすれば、「業界オタク」の関心事に見えるかもしれない。しかし、1924年創立(ナチス支配期は中断)の伝統を持つこの学会が取り上げてきたテーマを時代順に並べてみれば、その時々のドイツ社会が直面した課題――それは、ドイツ特有のものもあれば、立憲主義国共通のものもある――が何であったかを追体験できるだろう。

 最近の例となるが、2008年大会では全体テーマ「憲法の前提条件の空洞化」の下で、①イスラム人口の増加など宗教的多元化の中での「信教の自由」を検討する第1セッション、②新自由主義の下での社会国家の揺らぎを扱った第2セッション、③「世代間公正」の問題を扱う第3セッションと、いずれも「現代ドイツ」の抱える問題そのものである。

 とくに筆者の関心を引いたのは、「民主的公共圏の腐食」を部会テーマに掲げた第4セッションである。同部会では、近年の市民の政治的無関心(Politikmüdigkeit)の背景にある、市民と政治システムとを媒介する「民主的公共圏」(=政党、労働組合、教会など。ここではとくにメディア)の機能不全が検討素材となった。投票率は低下し(1972年連邦議会選挙では90%を超えていたが、2009年には約70%)、CDU=CSU(キリスト教民主同盟=社会同盟)とSPD(ドイツ社会民主党)という二大政党の支持率・党員組織率も大きく低下している。ある世論調査によれば、ドイツで民主主義が上手く機能していると回答したのは半分に満たなかったという。

 この程度の「政治不信」は以前から常態化している日本から見れば、「なにを今さら」の感もある。しかしながら、労組をはじめとする各種の団体・組織等に根差した大衆的基盤を有した政党が――「政党国家」の「影」の側面を抱えつつも――社会統合を担うというイメージが、それなりにリアリティを有していたドイツ社会にとっては、実心ゆゆしき現象なのであろう。今や、既存の政党や職業政治家が演じる政治は「うざい」(müdig)と感じられ、「アマチュア」の手による新しい政治を市民は期待している。2010年連邦大統領選挙では、旧東独下の反体制牧師で現在は政治評論で知名度のあるJ.ガウ氏が野党候補に擁立され、ニーダーザクセン州首相の経歴を持つベテラン政治家のヴルフ候補と大接戦を演じた。インターネットを基盤に支持を拡大してきた「ドイツ海賊党」がベルリンやノルトライン=ヴェストファーレンなど4州の議会で議席を獲得し、支持率も13パーセント(2012年4月の調査)に達するほどの勢いである。

 話を国法学者大会に戻そう。報告者の1人B.ホルツナーゲル教授は、市民の政治的無関心の拡大の原因を、①グローバル化時代の新自由主義的ヘゲモニーとヨーロッパ統合に伴う国内政治の決定余地の縮減、②インターネット等の新種のメディアの発達の影響に見る。後者の点でいえば、街頭や広場のような従来の公共空間の役割が低下する一方、インターネット上では情報の洪水の取捨選択をGoogleやAmazonといった事業体が方向付けており、「支配から自由な討議」には程遠い状態にある。活字に不慣れなインターネット世代に対応して、社会の複雑な問題もワンフレーズであるいは画像で描写されてゆく。既存のメディアの状況も深刻で、人材不足もあり、政府の発表を垂れ流している……。このような悲観的な状況を紹介しつつも、同時にホルツナーゲル報告は、市民ブロガーなどは新たな公共性を発展させる担い手になりうると期待もしている。もろもろの病理現象は、既存のメディアとバランスをとったメディア全体の集中排除規律や、公共放送のネットへの参入など、個別具体的な対策によって改善していくほかないということらしい(Holznagel,Erosion demokratischer Öffentlichkeit?,VVDStRL68,2009,S.383 ff.)。

 ホルツナーゲル報告の前提にある「市民の政治的無関心」については、どのような処方箋があるだろうか。かの地の政治現象や議論状況から読み取りうる対処策として、①既存の政治制度のリニューアルという筋と、②直接制などを中心とした新たな政治文化の形成という筋がありそうである。以下では、それぞれの方向を志向する流れを紹介したい。

 

2 「競争する民主主義」?

 まず、①の処方箋の例として、ここでも国法学者大会でのある報告を挙げることができる。翌2009年の大会(全体テーマ「競争を通じた公共の福祉?(Gemeinwohl durch Wettbewerb?)」)では、「競争秩序としての民主主義」がセッション・テーマに掲げられた。報告者の1人A・ハーチェ教授(ヨーロッパ経済法)は、ドイツの政治制度に欠けている競争的要素の活性化を主張する。

 曰く、競争の持つ「指導者・政府の選択機能」は、議会解散権を制約するなどの憲法上の制度設計や比例代表の選挙制度のせいで著しく弱められている。これらの制度的要因が影響して、連立政権の常態化や政党間競争の不活発が有権者の政治不信をもたらされている。有権者の投票インセンテイブに上げるためにも、選挙年齢の引下げや多数代表の選挙制度を導入するべきだ。比例代表は、グローバル化に対応する政治には不向きな制度だ。「多数代表制は、少数派敵対的なものではなく、現実の責任関係という意味における市民から議会経由での政府に対する正統性の連鎖を強化する」。その実現が五党体制下では困難ならば、せめて、より穏健ながらも多数代表制要素を含む累積・分割投票制(Kumulierens und Panaschierens)の採用によって、有権者の政権選択の契機を強化すべきだ(Hatje,Demokratie als Wettbewerbsordnung,VVDStRL 69,2010,S.135 ff.)。

 このようなハーチェ報告の問題提起は、近年の憲法政策論議の一潮流を代弁している。左翼党の躍進は保守化したSPDや「緑の党」が汲み上げない有権者の声を議会に表出するルートが築かれた点で意義があるが、既存政党の議席・支持率の再分割で築かれた「5党体制」は連立組換えのポリテクスを常態化させ、有権者が自ら政権枠組みを選択できないことへのフラストレーションを強めることになる。そこに「ワイマールの悲劇」の再演を見出す向きもあり、2009年の連邦議会選挙を前に、元連邦憲法裁判事のP.キルヒホフ教授やE.ベンダ元連邦司法大臣ら大物の公法学者が、多数代表制導入の論陣を張った。「選挙結果はいかなる勝者も生み出さず、不確かな推移を伴った政党間交渉のきっかけとなるだけである。現行の民主主義のシステムは、有権者の意思と当選者との間の直接的な密接さを喪失している」と診断するキルヒホフ教授は、有権者が実質的に連邦首相を選択できる「プレビシット的な多数代表制」を提案する(Interview von Stern.de.23.9.2009.ただし、キルヒホフ案には、多党制を維持しながら、比較第一党にボーナス議席を与え安定議席を確保させるとか、選挙前に連立枠組みの提示を各政党に義務づけるといった案も含まれる)。もちろん、これらは私案の域を出るものではない。しかしながら、こうした公法学者たちの発言は、〈比例代表=穏健な多党制=連立政権〉というドイツ政治の基本スキームへの懐疑を代弁しているし、その背後には、ハーチェ報告がいうように、「穏健な多党制」の「決定できない政治」はグローバル時代に対応できないという状況認識があることは確認できよう。

 他方、ハーチェ教授が指摘する「競争できない議会政治」と併存するかたちで、選挙の「競争」化も指摘されている。「5党体制」下においてもなお、連邦議会選挙をCDU=CSUとSPDという二大ブロックの事実上の連邦首相選出と捉える傾向に変化はない。総選挙前には両党の「党首討論」のテレビ番組が組まれ、さながら米国大統領選のような扱われ方がなされている(vgl.Haensle,Das „Kanzlerduell“,DÖV 2011,S.10 ff.)2009年選挙を前にしたテレビの「党首討論」は、大連立も視界に入っていたため両党の政策の違いは不鮮明で、「これじゃ対決(Duell)ではなく、二重奏(Duett)だ」と嘲笑されたが、それでも、政党にとって「選挙の顔としての党首」が求められている。この点と連動して、「連邦首相の大統領化」も指摘できる。もともと「宰相民主主義」といわれたドイツの議会制であるが、連邦首相個人の「人気」が選挙を左右する傾向が強まっているようである。そうした傾向を背景に、連邦議会解散に関する憲法上の制約を回避するため、信任動議を自党議員の棄権により否決させ解散に導くというアクロバティックな政治的「賭け」(Wette)を行ったのが2005年のシュレーダー首相である(同時期に実施された日本の「郵政解散」と対照的に、この「賭け」は首相の敗北で終わったが)。

 このように多数代表制導入論や議会選挙の首相「公選」化が語られるのだから、ドイツでも英国ウェストミンスター・モデルに「政治の停滞」の活路を求める声があることは確認できよう。もっとも本家の英国では、二大政党制モデルが崩れ、連立政権の下で解散権制約や小選挙区制見直しに舵を切っているので(この点は、本学部の小松浩教授や小堀眞裕教授の研究が詳しい)、逆説的な話ではあるが。

 

3「ブチ切れる市民たち」?

 処方箋の②として考えうるのは、デモなどの直接行動と連動した住民請願・住民投票の「活性化」である。日本の福島第一原発事故直後の2011年3月26日のドイツ各州で開催された反原発デモは20万人を集めたと報じられているが、すでに2000年代に入りドイツでは市民の直接行動は社会現象となっていた。とくに全国に名を轟かせたのは、シュトッツガルト駅の大規模な再開発プロジェクト„ Stuttgart 21 “をめぐる市民の激しい反対運動である。ドイツ語協会選定の2010年流行語大賞(Das Wort des Jahres 2010)第1位に、「ブチ切れる市民」(„Wutbürger")が選ばれた。ちなみに第2位は„Stuttgart 21 "であったから、この現象に対するドイツ世論の関心の高さがわかる。

 反対派は波状的に大規模な抗議デモを実施したが、その行動は基本的に穏当で、また、こうした示威行動と連動して住民投票に持ち込む戦略をとった点で、60年代末の学生運動や80年代前半の反核運動などと性格を異にすると言われる。シュトッツガルトのケースでも、„Stuttgart 21"関連の業務委託等の解約を内容とする法律案の是非というかたちで州民投票が実施された(2011年11月27日)。その結果は計画反対派の敗北に終わったが、既存政党が多数派を占める議会・行政の決定に抗して住民が直接請求・直接投票に訴える場面が増加していることを象徴する出来事であった。

 シュピーゲル誌が2010年9月に掲載したM.バーチュ記者らのレポート(Bartsch u.a.,Volk der Widerborste,Der Spiegel 35/2010,S.70 ff.)は、近年の有権者の直接行動や立法イニシアティブを「小市民的なプロテスト」と呼ぶ。その抗議行動は穏健で、地域限定的で、しかも高所得層や年齢でいえば中高年層が積極的に参加している。参加者たちは、既存の政党や労組が低所得者層やマイノリティの利益ばかりを代弁しているという感覚が強い。かくして運動の対抗図式は、「資本」対「労働者」とか「企業」対「消費者」というかたちにはならず、「市民」対「市民」の構図になる(„ Stuttgart 21 “計画についても、市民の中で反対派と反・「反対派」が激しく対立した)。例えば、2010年7月に実施されたハンブルクの学制改革の是非を問う州民投票も複雑な事情を抱えていた。市会の全会派一致で成立した学校法改正は、教育の機会均等の観点から公立基礎学校を4年制から6年制に引き上げるものであったが、公立離れへの懸念やギムナジウムの伝統的気風を守りたい富裕層が反対運動を展開し、低所得者層が改革を支持するという構図になった。結局、州民投票で改正反対派が多数を獲得し、6年制化は挫折した。こうした住民運動をシュピーゲル誌の別の短報が「エゴイスティックなブチ切れる市民(Wutbürger)か、それとも市民意識の高い勇敢な市民(Mutbürger)か?」と皮肉気味に描いたのは、議会に期待せず直接行動を起こす上層市民と、そうした行動を通じて自分たちの声を表出することが現実に困難な低所得者層や移民・外国人労働者の分裂を前にして、いずれの利益も汲みつくせない議会・行政の“ねじれ”の構造を意識してのことだと思われる。

 

4 まとめにかえて

 本稿は「コラム」なので、紹介してきた事象についての本格的な憲法的分析は別の機会に譲りたい。

 ここまで読んだ方は、「けっきょく、ドイツも日本も同じだね」と感じたのではないか。確かにそのとおりで、「決められない政治」への不信、ポピュリズム化する政治、既存政党への「厭き」、議会と住民投票との対立…日本の政治文脈で耳にする言葉である。グローバル化の下で、各国が直面する憲法政治上の課題は、ますます似通ってきている。

 しかしなお、「ものさし」の目盛りの設定次第で、ものの見え方は違ってくる。このコラムでは類似性を強調したが、もちろん、目盛をより細かく設定すれば、日本とは大きく異なるドイツの特殊性が浮かび上がってくる。その中には、(反面教師の場合も含めて)日本が教訓とすべき点は少なくない。そうした点を明らかにしながら、日本の民主主義のあり方を検証する作業が、筆者の取り組むべき宿題である。

 

*このコラムは、科学研究費基盤研究(B)「グローバル化時代における民主主義の再構築に向けた比較憲法的研究」(課題番号21330005:研究代表=本秀紀)において獲得した知見を基にしている。

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