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湊 二郎

個人研究情報

湊 二郎

 

 平成25年度~平成26年度科学研究費助成事業(学術研究助成基金助成金)(若手研究(B))(課題番号25780021)の助成を受けた「ドイツにおける行政活動に対する不作為訴訟の研究」の成果として,平成25年度では,立命館法学351号に「ドイツ行政裁判所法における不作為訴訟に関する一考察――行政行為・法規範に対する予防的権利保護」を掲載し,研究GATEWAYでもその概要をご紹介していたところですが,平成26年度では,立命館法学356号に「ドイツにおける単純行政活動に対する不作為訴訟」を掲載し,関西行政法研究会(平成27年1月25日・同志社大学)にて「ドイツ行政裁判所法の不作為訴訟の意義・特質」と題する成果報告を行いました。

      

 以下では研究成果の概要をご紹介します。ドイツの行政裁判所法は,すべての公法上の紛争について行政裁判所への出訴を認めているのですが,行政に不作為を求めるための特別の訴訟形式は法定されていません。このような場合には一般的な給付訴訟が利用されており,被告(行政)に不作為を求める一般的給付訴訟が不作為訴訟と呼ばれます。

 不作為訴訟の本案においては原告が不作為請求権を有するか否かが審理されます。ドイツでは,行政行為やその他の行政活動に対する私人の不作為請求権が成立し得ることが一般的に承認されています。不作為請求権の成立要件は比較的単純で,違法な行政活動による権利侵害が差し迫っている(あるいはその反復の危険がある)場合には,不作為請求権が成立すると考えられています。行政機関等による情報の公表の不作為が求められる場合には,憲法上の権利(信教の自由,営業の自由等)が侵害される危険があるかどうかが問題とされています。公的施設の運営に起因する騒音の防止が求められる場合には,原告の被害が受忍限度を超えるかどうかが基準になっています。

 他方でドイツでは,特に行政行為に関しては,行政裁判所法が事後的な権利保護(取消訴訟)を原則としているという理解に基づいて,不作為訴訟が適法とされるためには特別な権利保護の必要性が要求されると考えられています。もっとも,行政行為の不作為訴訟が適法とされた例もあり,中でも行政行為が多数または反復的になされる場合には不作為訴訟の提起が認められやすいといえます。それに対して,法的拘束力を欠く行政活動(ドイツでは単純行政活動と呼ばれます)が問題になる場合には,事後的な権利保護の仕組みが法定されていないこともあって,不作為訴訟の適法性が容易に認められる傾向があります。

 日本の行政法では,違法な行政活動に対して私人が不作為請求権を有するという考え方は一般的ではありませんが,「権利が違法に侵害される危険がある場合には不作為請求権が成立する」ということ自体が否定される理由はありません。もっとも,特別な訴訟形式(差止訴訟)を法定してこれを用いるべきものとしたり,事後的な権利保護の仕組み(取消訴訟・執行停止)を整備して原則としてこれによるべきものとすることは許されると考えられます。反対に,そのような仕組みが整備されていない場合には,不作為請求権の成立可能性(違法な権利侵害の可能性)がある限り,給付訴訟を用いることが認められるべきです。

 日本における行政処分の差止訴訟については,「重大な損害」を生ずるおそれがあることが訴訟要件とされており,取消訴訟・執行停止により救済を受けられるような場合には「重大な損害」要件は充足されないと考えられています。ドイツにおける行政行為の不作為訴訟と共通する部分もありますが,ドイツ法では損害の重大性は必須の要素ではありません。この点で,日本の差止訴訟の訴訟要件には改善可能な部分があると考えられます。

 行政機関による情報の公表に関しては,日本においても,情報の公表によって利害関係者の基本的人権が侵害されることはあり得ると考えられます。そのような人権侵害の危険がある場合には,当該人権の主体は行政に対して情報の公表の不作為を請求することができるのでなければなりません。

 公的施設の運営に起因する騒音の防止に関しては,日本では民事訴訟を通じて解決が図られるのが普通ですが,国営空港や自衛隊基地が問題になる場合には行政訴訟によるべきものとされています。これらの場合に限定して民事訴訟を排除するのはドイツ法にはみられない取扱いです。いずれにしても,法律に特別の定めがない限り,騒音被害を受ける原告住民が被告に対して受忍限度を超える被害を発生させてはならないことを請求することができるものとするべきです。

      

 平成25年度の科研費(若手B)の助成を受けて実施した研究は,ドイツにおいて行政行為や法律より下位の法規範(条例や法規命令)の発布の予防を求める訴訟(不作為訴訟)が可能であることに注目し,(1)そのような訴訟を利用することができるのはどのような場合か,(2)原告側が勝訴するための条件は何か,という点を検討したものです。日本では行政処分の予防を求めるための訴訟として差止訴訟(行政事件訴訟法3条7項)が法定されていますので,この差止訴訟と不作為訴訟の比較も行いました。

 便宜上(2)から説明しますと,ドイツの学説・判例においては行政行為等の高権的行政活動に対して私人の不作為請求権が成立し得ることが承認されており,その成立要件は,①高権的行政活動による権利の侵害,②侵害の違法性,③侵害が差し迫っていること(または継続していること)です。侵害行為が法規範である場合には,侵害される権利の存在を否定する等の方法で,不作為請求権の成立を限定しようとする裁判例もみられますが,いずれにせよ理論的には,①~③の要件が満たされる限り,不作為請求権の成立が肯定されなければならないといえます。日本の行政法では,行政処分等に対して個人の不作為請求権が成立するという考え方が正面から主張されることは少ないのですが,日本でも,①~③の要件が満たされる限り,本来的には救済が与えられなければならないと考えられます。①~③の要件がすべて満たされるにもかかわらず,権利を侵害されるおそれがある者の救済を見合わせる場合には,当人が納得することのできるような理由が必要となるでしょう。

 そこで(1)の論点ですが,ドイツの学説・判例は,行政行為や法律より下位の法規範に対する権利保護については,権利侵害がなされた後でその排除を求めること(事後的な権利保護)が原則であり,侵害の予防を目的とする権利保護(予防的な権利保護)は例外であるという立場をとっています。実はドイツ法では,行政行為の取消訴訟や,裁判所に法律より下位の法規範の効力の有無の確認を求めることのできる仕組み(規範統制)は法定されているのですが,これらの予防を求める訴訟を定めた明文の規定はありません。したがって,予防的な権利保護が例外であるという考え方が生ずるのも無理からぬところがあります。

 もっともドイツの判例によると,事後的な権利保護を選択させることが関係者にとって受容できない場合には,予防的な権利保護の必要性があるものとして,不作為訴訟を利用することが認められます。行政行為が問題となる事例では,(ア)一旦行政行為がなされると法律上それを取り消すことができない場合,(イ)行政行為が即時に執行されることにより回復困難な結果が生ずる場合,(ウ)同種の行政行為が繰り返しなされる場合に,不作為訴訟の利用が認められています。また,ある自治体が一定の地域で住宅開発を行うことを内容とする条例(地区詳細計画)を制定しようとしている事例で,隣接自治体が不作為訴訟を提起することを認めた裁判例もあります。

 日本の場合,行政処分の取消訴訟と差止訴訟の両方が法定されているのですが,差止訴訟を提起するためには,「重大な損害を生ずるおそれ」があること,および「他に適当な方法」がないことが必要とされており(行政事件訴訟法37条の4第1項),行政処分に不服がある者は基本的に取消訴訟による救済を求めるべきであるという考え方も有力に主張されています。後者の点ではドイツの学説・判例との共通性があるともいえますが,ドイツ法では,損害の重大性は予防的な権利保護の必要性が認められるための必須の要素ではないことに注意しなければなりません。行政処分については取消訴訟による救済が原則であるという立場をとるとしても,上記(ア)~(ウ)のような場合には,日本でも差止訴訟による救済の必要性があるものと考えるべきではないでしょうか。また日本では,ドイツ法とは異なって,行政処分の差止訴訟が法律の明文をもって承認されたわけですから,より積極的に差止訴訟の利用を認めていくという方向性もあり得るでしょう。

 他方で日本では,法律より下位の法規範を直接争う仕組みは法定されていません。ドイツでは,「法律より下位の法規範については規範統制が用意されているのだから通常はこれを利用するべきである」と主張することも可能ですが,日本ではこの論法は使えません。むしろ日本では,法律より下位の法規範が発布されることに不服がある者については,上記①~③の要件がすべて満たされる限り,救済が与えられなければならない(救済を拒否する理由がない),と考えなければならないのではないでしょうか。

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